通常の時間に目が覚めた。

生活のリズムとはなかなか一定しない。やっと本来の時間に目が覚めた。ということはこの部屋に馴染めたのかな。朝の5時前後に起き珈琲を飲み煙草を吸う。ネットでニュースをチェックし気になる記事を読む。新聞では無くてネットニュースなのだから困ったことだ。今朝の記事で記憶に残ったのが、地方にある製本屋さんの話し。地方と言っても国立図書館を含め特殊な製本を生業としている。一冊から本にするというのだから技術が伴う。年々製本の仕事が減る。しかし特殊な技術を残さないと製本が出来ない。そこで考えたのが仕事の二毛作。製本の仕事が集中する時期を外し何が出来るか。農業であったのだ。それがニンニク栽培。5年間で本の販売数は1億冊の減少。製本屋さんは生き残るために農業を選択。社員の戸惑いのコメントも掲載。ちょっと考えてしまった私なのである。毎週1冊の単行本を買う私。意地でもスマホは買わないし電車内でも携帯を触らず本を読む。しかし確実に雑誌や書籍の販売数は年々減少している。新聞だって購読部数は減少続けている。活字中毒の私も10年前から新聞は購読していない。活字離れは止まらないって話しなのだ。さて破れた網戸の修復が完了した。


薬剤入り虫の嫌がる網。効果長持ち約3年。虫を殺さず遠ざける。薬剤と網目のダブルの効果。これらのキャッチコピーを読んで選んだ私。果たして効果は有るのだろうか。網戸の取り外しは部屋から簡単に出来たのに、取り付けに手間取り屋根に降りて取り付け完了。久しぶりに屋根を歩いた。屋根が壊れるのではと怖かった。しかし屋根は気持ち良かったな。子供の頃は屋根で寝た記憶がありましたって話し。

誰かが仕掛けるから何かが流行る。

最近意味も無く旧車の価格が高騰している。冷静に考え行動して欲しい。販売価格を勝手に決めるのは自由。しかし買う人が居るから相場が上がる。人気が有るから販売価格が高騰。台数が少ないから高騰。色々と原因は有ると考える。しかし国産・外車問わず何かが変なのだ。誰かが仕掛けている。倉庫に眠っていた旧車がなんて記事を目にする。そんなに倉庫に眠ってはいません。ちょっと前なら価格が付かなかったクルマが注目される。いや強引に注目しているのだ。各業界はネタ不足。仕掛けなければ盛り上がりに欠ける。皆食べていくのに必死なのだ。次々と発表される新車はそんなに魅力的では無いし。そんなに売れ無いから新車価格は年々価格が上がる。それでも欲しければ買いなさい。そんな感じに受け取れます。地方と都心の格差は開く一方。都心はクルマが無くても生きていける。地方はどんどん公共交通機関が無くなり陸の孤島になりつつある。クルマが無ければ生きていけぬ。老人の免許返納を促すためにニュースを増やす。老人は自動運転のクルマを買うのが条件となる日も近いのか。クルマを乗り続けていると税金がどんどん高くなる。物を大切にする事は悪なのか。日本人は使い続ける文化を美徳と知っている筈なのに。


日本はクルマメーカーを中心に経済を動かしたいのか。もうそんな時代では無いと考える。医療技術はどんどん高まり日本人の寿命が延びるに違いない。定年は60歳から65歳。数年後には70歳も間違い無い。今の若者達が老人になり年金を払えるシステムが定年延長なんて寂しい話し。要は死ぬまで働くことが素晴らしいということか。なら高額な年金積立の意味を問いたい。医療技術が高まっても、人間には持って生まれた寿命が有ると、私は信じているのだがいかがなものか。人間は生き物だ決してロボットにはなれないのだから。

Dualit愛。

私のDualit愛は多分世界一だと思う。ほぼ毎日このトースターを使う。北海道と東京を行き来している私だが、ゆうパックを利用して送る。このトースターで焼いた食パンで無ければダメ。食パンは色々と試した。最近はロイヤルブレッドに定着。添加物の入って無い食パンも食べる。しかしロイヤルブレッドを食べると安心。ジャムはブルーベリーがお気に入り。バター1/3を塗る。ブルーベリージャムも色々と試した。米が無くても食パンが無いと禁断症状が襲う。先日の北海道停電で食パンが食べれなかった時は発狂寸前。


20年使い続けると愛着以上の感情が生まれる。手持ちで飛行機で運んだ時は重くて諦めた。荷物を預けた時は壊れると思い諦め、現在は完全梱包でゆうパックで送る。もう1個買って伊達と東京に置くのが正解なのだろう。しかし貧乏性なので買え無い。ちょっと輝きが落ちたな。磨くかな。たかだかのトースターなのだが私にとっては必要不可欠。今日もDualitで焼いた食パンを食べる私なのだ。

旧作映画に心踊る。

映画好きの私なのだが最近は意図的に旧作を鑑賞している。10年前20年前の印象と、今観ることでの感情の違いを客観的に感じてみたいと思ったからだ。最新映画は数多く排出される。それを観ることも必要だ。しかし人間は年齢と共に考え方も微妙に変化する。レンタルショップで借りると1本100円。100円で楽しめるとは有難い話ではないか。


数多く有る高倉健の作品でも一番好きな作品である。いつもレンタルで済まして観ている。年に1回観るほど好きだ。そろそろ買うかな。舞台はパリダカである。別にモータースポーツだから好きな訳では無い。人間模様が好きなのだ。東京に戻るとテレビは観無い。まっ観れ無い環境と言うのが正しいか。映画と本漬けと歩きで私はリフレッシュされる。そして喫煙本数も激減。しかし急激に寒くなりましたね。皆さん体調管理をお忘れ無く。

 

 

国立は終の住処。

私の終の住処となる国立市とはどんな場所なのか。国立と書いてくにたちと読む。簡単に説明すると都会では無いが田舎でも無い。人口約76,000人と小ぶり。街の中心に一橋大学が有る。世間的にはちょっと個性的な人が多く住んでいる。中央線文化と南武線文化が入り組んでいる。これは簡単には説明出来ない。国立野菜がブランド化している。南武線界隈にはまだ畑が有る。街の中心にスーパー紀伊国屋が成り立つ。パチンコ屋が極端に少ない。快速電車が通過する。書き始めたら終わらないので止める。


そんな街中の一角に死角として駐車場が有った。敷地には昔は住んでいたであろう平屋が3軒。何故か取り壊しをしていない。敷地は1000坪は確実に有る。しかし隣接する道路は3m。横には国立でトップクラスの低層マンションが建つ。我が家まで直線距離で50m。しかし道路を歩くと3分。完全に私は知らない場所で有った。木々で囲まれているのでテントを張ったら此処は何処状態。いつかは3m道路に隣接するこの土地は分割で戸建てに変貌するのか。ちょっと不思議な空間のお話でした。終の住処である国立を私は探索中です。